りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

イギリス人の患者(マイケル・オンダーチェ)

イメージ 1

映画イングリッシュ・ペイシェントは、アルマーシとキャサリンの不倫に重点を置いて美しく仕上げていますが、原作はこの人の小説らしく、より重層的で多面的です。それは、第二次世界大戦末期、フィレンツェ郊外の修道院を舞台にして、心に深い傷を負った4人の男女が織り成す物語。

北アフリカの砂漠に不時着して重傷を負い、名前も国籍も不明のまま「イギリス人の患者」と呼ばれている博識な男性。彼の正体は、かつて謎のオアシス・ゼルジュラを求めた探険家でハンガリー伯爵のアルマーシだということが、後に明らかになります。彼の心は、最愛の恋人キャサリンを失った際に、既に失われていたのですが・・。

一度は病院として使われた修道院に「イギリス人の患者」とただ2人残って彼を看護するのは、トロントから志願して前線にやってきた20歳の看護婦のハナ。彼女の心を損なわせたものは、次々と命を失っていく兵士の看護と、父親パトリックのフランス戦線での戦死の知らせ。

そこを訪れた、ハナの父親の親友で元泥棒、今は連合軍スパイのカラヴァジョは、ドイツ軍に捕まった際に両手の親指を切り落とされていました。彼は、「イギリス人の患者」の正体が、ドイツのスパイとして追われていたアルマーシだということを探り出します。2人の「愛の物語」が、連合軍の文脈から見ると「スパイ行為」だったという、皮肉な事実が明らかにされていきます。

最後の1人は、インドから徴兵されて地雷除去のエキスパートとなった26歳のキップ中尉。祖国を植民地としたイギリスのために闘うべきかどうか、彼の家族の意見は割れていました。彼の教官であったイギリス軍人への尊敬の念から親イギリス派だったキップの心は、戦争の最後にもたらされた、日本への原爆投下のニュースに引きちぎられてしまいます。

この物語の主題は、4人の登場人物、とりわけ若いハナとキップが、どのようにして自分の心の中での戦争を終わらせるのか・・ということなのでしょう。重傷のキャサリンを砂漠に残して救出を求めにいき、それを果たし得なかったアルマーシが、3年後に遺体を連れ帰ろうとして墜落するという、映画の中心となった悲しい愛の物語は、物語全体を稲妻のように照らし出す役割を果たしているかのようです。

ライオンの皮をまとってで、カラヴァッジョの泥棒時代の物語を含むハナの生い立ちが、綴られています。父親(実は義父)のパトリックと義母のクララの人生を知ることが、さらにこの物語の奥行きを深くしますので、合わせて読むことをお奨めします。

2011/4