りぼんの読書ノート

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エアーズ家の没落(サラ・ウォーターズ)

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名手サラが描く、英国における領主の没落の物語。第二次世界大戦終了後、英国の領主階級が衰退していく中で、かつて隆盛を誇ったエアーズ家も例外ではありませんでした。戦争で傷ついた若き当主のロデリックは領地を切り売りして家系を支える生活にストレスをつのらせ、姉のキャロラインは弟と老いた母の世話に疲れきっています。戦時中、軍に徴用された領主館は荒れてメンテナンスもままなりません。

かつて母が領主館で子守りをしていたことから、領主一族と屋敷に憧憬を抱いていた中年医師ファラデーは、往診をきっかけに彼らの知遇を得て親交を深めていきますが、屋敷の中では、小さな「異変」が続発し、一家は次々と不幸に見舞われていきます。

新しい隣人を招いての久々のパーティでは、飼い犬がゲストの娘の顔に噛み付いて大怪我を負わせ、火の気のない部屋から小火が起こり、不思議な物音が聞こえ、ついにロデリックは精神を病んで入院。一家を案じるファラデー医師は館への訪問回数を増やす中で、キャロラインと愛を育むようになるのですが、悲劇の連鎖は止まらなかったのです。そしてついに・・。

同時期の領主階級の没落を描いた小説には、カズオ・イシグロの『日の名残り』がありますが、それは執事の立場から過去を懐かしんだノスタルジックな内容。一方の本書は、経済的基盤を失って没落していく領主たちの苦境をより生々しく描いた小説であるという違いがありますね。日本でも同様のことが起きましたが、英国の場合は「勝者を襲った悲劇」である分、悲哀さに複雑さが増しているようです。

本書では、屋敷の中で次々に起こる怪奇現象についての「謎解き」はありませんが、私「推理」を記しておきます。以下はネタバレ以上のものがありますので、本書を楽しみたい方は読まないように!


本書は、名作半身と同じ系譜に属する「サイコ・ミステリ」なのでしょう。原題の『The Little Stranger』とは、屋敷にたったひとり残った14歳のメイドのベティであり、上流階級から見たら取るに足らない身分の医師ファラデーのことでもあるように思えます。ベティが起こしたささやかなイタズラを、ファラデーが妄想と診断して、病人を作り上げていったという意味をタイトルに込めたのでは?

2人とも悲劇の発生を意図したわけではないでしょうし、共謀でもありませんでした。しかし2人が共通して有する屋敷への偏執的な思い(ベティは屋敷から逃げ出したく、ファラデーは憧れだった屋敷を手に入れたい)が、はからずも領主一族を追い込んでいったように思えるのです。後日、2人が街で遭遇するエピローグは印象的です。

読後、じっくり考えて著者のたくらみと巧みさに気付く、高水準の小説でした。

2011/1