りぼんの読書ノート

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斜陽(太宰治)

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戦後の華族令の廃止によって没落した上流階級の人々のことを言う「斜陽族」なる流行語を生んだほどにヒットした作品です。しかしあらためて本書を読むと、没落貴族の物語というイメージは強くありません。もともと太宰は日本版の『桜の園』を描くつもりだったようで、最後の貴婦人のまま結核に倒れ、ピエタのマリアに似た顔つきのまま亡くなった母親の物語は「斜陽族」にふさわしいのですが、他の3人の主要登場人物があまりにも太宰の分身という印象が強いのです。

 

無頼な生活を送って麻薬中毒に罹り、貴族出身であるためマルキストや民主主義者の強さを持てなかったとの苦悩を告白して自殺する直治は、自殺未遂を繰り返していた20代の頃の太宰です。その一方で成功した小説家でありながら、飲酒や不倫という自堕落な生活をすることで生きる悲しみを紛らわせる上原は、戦後の太宰なのです。

 

ただし本書の語り手であるかず子は、没落貴族の娘として破滅への衝動を持ちながら「恋と革命のために」生きようとする女性であり、必ずしも太宰の分身というわけではないのでしょう。一般に言われているように、かず子のロールモデルは太宰との間に不倫の子を生んだ太田静子であり、かず子の人物造形の中に太宰的な要素はあまり含まれていないという印象です。あるいは、逆境の中で強く生き抜く人物でありたいという、太宰の理想を具現化した人物なのかもしれませんが。

 

久しぶりに本書を再読した印象は、ダメ男に恋してしまったものの、シングルマザーとして強く生き抜く決意をする女性の物語というものでした。もっとも、かず子から上原へのラブレターを読む限りにおいては、太宰は等身大の女性を描けていないようにも思えます。太宰が描いた女性は、太宰的なフィルターを通した存在でしかないのかもしれません。

 

2021/5再読