りぼんの読書ノート

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終わらざる夏(浅田次郎)

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1945年8月15日は「終戦記念日」ですが、満州と千島ではソ連軍の対日侵攻という新たな戦争が始まっていました。その時、カムチャッカ半島に程近い千島列島の最北端・占守(シュムシュ)島に居たのは、輸送手段を失って島に取り残されたために、奇跡的に無傷を保っていた陸軍の最精鋭部隊。敗戦を予見した大本営によって対米和平交渉のために前線に送り込まれた通訳要員の片岡。通訳召集を粉飾するために同行させられた医学生の菊池と、負傷除隊していた北支の英雄、鬼熊軍曹。そして、女子挺身隊として缶詰工場で働く函館の女子高校生たち。

しかし玉音放送で敗戦を知って平和の訪れを期待した彼らの前に侵攻してきたのは、和平を求める米軍ではなく、北海道までの軍事占領をもくろむソ連軍だったのです。凄惨を極める戦闘のなか、せめて女子高校生たちだけは北海道本島まで送還しようとする軍人たちでしたが・・。

今年になって、ロシアが9月2日を「対日戦勝記念日」とする法案を採択して、日ソ戦争を既成事実化しようとする動きがあったり、36年前に製作されながらソ連の干渉で配給が中止された映画「氷雪の門」が上映されたりして、領土拡張を目的にポツダム宣言受諾後も継続されたソ連侵攻が話題になっていますが、記憶にとどめておくべきでしょう。

テーマがテーマだけに、浅田さんらしい「泣かせ節」が満載です。言論統制下で翻訳出版者に勤めながら、ヘンリー・ミラーの翻訳を夢見ている片岡。貧しい家族が働き手を失わないよう、診断書で「兵役不合格」を調整していた医師・菊池。3度目の召集が老いた母を棄てるに等しいことを理解して、荒れる「英雄」鬼熊軍曹。

赤紙を配る村役場職員。前線で終戦を向かえる決意をした大本営参謀。満州に残してきた妻を気遣うベテラン戦車兵。彼を慕う少年戦車兵。義弟の出征を見送らなかったと悔いる片岡の妻・久子。疎開先から東京へと向かう片岡の息子・譲。少年と行動をともにする少女。少年と少女を守った出獄囚。疎開学校の教員たちの思い。千島への出兵を疑問に思うソ連兵・・。

さまざまな登場人物の物語が丁寧に描かれるのは、「戦死者の数字それぞれに生活があり、その一人一人の思いを知ることが戦争を理解すること」という、著者の思いの現れですが、主題が拡散してしまったように思えるのは残念でした。登場人物が揃うまでに上下2巻の2/3が費やされますし、守備隊降伏後のシベリア抑留生活まで書いてしまうのですから。浅田さん、明らかに詰め込みすぎです。

ともあれ、北の孤島の「知られざる戦い」を取り上げて戦争の理不尽さを謳いあげた、著者渾身の戦争文学であることには間違いありません。

2010/11