りぼんの読書ノート

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スターバト・マーテル(篠田節子)

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2作の中篇からなる単行本。表題作の「スターバト・マーテル」とは、ベートーベンが死の直前に作曲した聖歌であり、「静かな哀しみ」との意味があるそうです。

乳癌を契機に「死」を身近に感じるようになった彩子は、夫に勧められて通うようになった会員制プールで中学校時代の同級生・光洋と30年ぶりに出会います。当時は早熟で独特の雰囲気を放っていた光洋でしたが、その後は苦労したようで、会社には満足していません。さらに、不正技術輸出をめぐって罪に問われかねないのですが、彩子の心は揺れ動きます。

もうひとつの「エメラルド・アイランド」は、友人の海外結婚式に参加した主人公から見た、互いに親離れ・子離れできない友人と母親の関係を、コメディー・タッチで描いた作品です。新郎には逃げ帰られ、ホテルは落雷されで散々な目に合うのですが、そこで出会ったのは男1人でツアーに来ている日本人男性。実は彼は死に場所を探しに来ていたのですが・・。この作品の実質的な主人公は、夫と死別した後にひとりで娘を育て上げた友人の母ですね。

主人公の女性のタイプは全く異なるものの、2作に共通しているのは、長い海外赴任の末に会社に使い棄てられる企業戦士の悲哀ですね。光洋は正確な手技を持つ中小企業の技術者をイスラエルに紹介したことがコンプライアンス違反を問われて、責任を押し付けられますし、ツアーに1人参加したオヤジも、「余人をもって代え難し」と言われて東南アジアに再赴任を繰り返した末に、閑職に追われて身体を壊してしまっています。

しかも、どちらの家庭も崩壊に至っているのです。会社人生が思うようにいかないのは仕方ないとしても、家庭の崩壊は自分の責任ですよね。そこまで入れ込んでも、会社が償ってくれるわけもありません。ただ、人生をやり直すと決意したときに出会う相手には気をつけましょう。どうせなら、彩子のように暗くて破滅的な女性よりも、新婦の母親のようなバリバリのほうが一緒にやり直しの道を歩んでくれそうです。

2010/10