りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

奇想と微笑 太宰治傑作選(森見登美彦編)

イメージ 1

【新釈】走れメロスで、メロスをパンツ番長にしてしまった森見登美彦さんの編んだ傑作選です。太宰治といえば「諧謔と自虐」の印象が深いのですが、この短編集に収められた作品にもその特徴はいかんなく発揮されています。ただ「諧謔と自虐」の裏にある「奇想と微笑」に踏み込んで読み込むことが、本書のテーマなのでしょう。

旅先の豪雨の原因が、必ず雨を降らせる自分の着物にあるとして「そら恐ろしい罪悪感」を覚えてしまう『服装について』や、「犬に必ず喰ひつかれるであらうといふ自信」があるとの『畜犬談』のユーモア感覚は楽しいですし、西鶴を下敷きにした新釈諸国噺より』の3編(「貧の意地」「破算」「粋人」)の登場人物の「幸福を受け取るに当たってさえ下手くそを極め」たり、小狡い料理屋の婆さんと、互いに嘘とわかっていながら「見え見えの嘘八百を並べたてる」男たちは、太宰自身の分身のよう。

登場人物を作家とした小説では、いとおしいダメンズぶりが一層際立ってきます。自意識が過剰すぎて小説を書けない男が、書きかけの小説から「さようなら、坊っちゃん。もっと悪人におなり」との手紙を受け取る『猿面冠者』は、若き日の自分へのメッセージ?

仙術太郎、喧嘩次郎兵衛、嘘の三郎という、どうしようもなく世の中からはぐれてしまった3人の男たちが酒屋で出会って訳のわからない高揚感を感じる『ロマネスク』は、上京した作家たちが集まった様子を感じさせます。

しかし、本書の中での最高傑作は『女の決闘』でしょうか。妻と愛人が拳銃で決闘するという平凡な森鴎外の翻訳作品を解説しながら、小説の行間に、決闘を覗き見しながら女たちを止めずにその様子を小説にしようとする最低の男の物語を付け加えてしまったのですから。

そして最後に走れメロスをもって来るのです。中学生の時にこの作品の音読テープに耳をふさいだという森見さんは、浪々と歌い上げられた気恥ずかしい理想主義の裏にある「揶揄の感覚」に、どの時点で気付いたのでしょう。国語の時間では絶対にそこまで「解説」してくれません。

本書を読んで、太宰治の文章が持っている、歯切れ良く小気味良い「独特のリズム感」も再発見できたように思います。

2010/10