りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

正義と微笑(太宰治)

イメージ 1

戦時中に書かれた青春小説ですが、明るく爽やかです。弟子の堤重久から見せられた、弟の堤康久の日記を下敷きとした作品なのですが、日記が書かれたのは昭和10年頃だとのこと。時代はまだ、太平洋戦争には突入していなかったのです。

日記の書き手である主人公は、一高受験を控えた16歳の青年です。未来に対する憧憬と不安。教師に対する尊敬と侮蔑。友人に対する優越と嫉妬。自分に対する自信と嫌悪。世間に対する率直と諧謔。そういった相矛盾する感情が「赤く、熱く、火花を散らして」流れている様子が、激しいながらもどこかユーモラスな口調で語られていきます。

主人公は、一高には落ちたものの、私大のR大には合格。しかし大学にも満足できず、演劇の道を志したところで終わります。まさかそんな「小説のような展開(小説ですが・・)」にはなるまいと思っていましたが、モデルとなった堤康久氏の人生が、まさにそうなのでした。立教大学を中退して前進座に入り、戦後は東宝の専属俳優となって脇役ながら多くの映画やドラマに出演したとのこと。

冒頭に掲げられた、主人公の「微笑もて正義を為せ!」というモットーが、ナルシズムとマゾヒズムの混じった太宰のダークサイドを覆い隠してしまったような、一種の「奇跡の作品」でしょう。

2016/2