りぼんの読書ノート

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ダブリンで死んだ娘(ベンジャミン・ブラック)

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ブッカー賞作家ジョン・バンヴィルが、別名義で著わしたミステリです。

1950年代のダブリン。聖家族病院の病理医クワークは、出産直後と見られる若い女性の遺体の死因に疑問を持ちます。しかも、その女性の死亡診断書を書いたのは、義兄のマルだったのです。その女性がダブリンの有力者であるマルの家で家政婦として働いていたことを知ったクワークは、義兄を問いただすのですが、事情を知っているはずの産婆は殺害され、クワーク自身も何者かに襲われてしまいます。

主人公たちの個人的事情に、多くのページが費やされます。クワークは、判事であるマルの父親によって孤児院から救われた孤児であったこと。友として育ったクワークとマルは、ボストンで成功した一族の姉妹を妻とした義兄弟ながら、2人が愛したサラはマルと結ばれ、クワークは妹デリアを妻としたこと。クワークの妻は出産時に死亡していること・・。

謎の解明は一族の歴史に結びついていき、背景にある社会的状況を浮かび上がらせていきます。カトリック教会が強い影響力を持つ保守的な社会が、大西洋を超えてアメリカにも持ち込まれていたのですね。堕胎が許されない社会であり、戦後間もない時期ということを考え合わせると、私生児も多く生まれていたのでしょう。

ここで描かれるのは、はじめは善意で行なわれていた互助的な仕組みが、やがて醜悪な犯罪へと変貌してしまった事実です。しかもそれは、クワークにとっても他人事ではありませんでした。

バンヴィルは、「ベンジャミン・ブラック」名義でミステリを書くことを楽しんでいるようで、クワークを主人公とするシリーズが続々出版されているようです。翻訳が待たれます。

2010/5