りぼんの読書ノート

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T・S・スピヴェット君傑作集(ライフ・ラーセン)

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本書の内容を一言で言ってしまうと、家族皆から愛されていた弟を事故で亡くした(注1)モンタナの牧場に住む図版制作の天才少年が、両親(注2)のもとを離れてワシントンまで一人旅をした末に、両親の愛を再発見する物語。

ではなぜこの本が、大辞典のように巨大な版型による381ページの大作なのでしょう。しかも値段は4700円+消費税! それは、主人公のT・S・スピヴェット少年(注3)の手によるとされる傑作図版やコメントが、ページ両端の余白にぎっしりと紹介されているからなのです。

大陸を横断する旅のきっかけは、師匠のヨーン博士が、少年の描いた図版をスミソニアン博物館に送ったところ、作者を大人と思いこんだ事務局が、少年に「ベアード賞」を与え、受賞講演会を依頼してきたこと。少年は、両親に無断で家を飛び出し、大恐慌時代のホーボーのように貨物列車に無賃乗車をして東へと向かいます。鋭い観察眼を持った少年は、貨物列車の路線図や道中の体験などを次々と図版として表現するのですが、本文が紀行文なら、欄外にはそれらの図表のみならず、少年の心の動きも綴られていきます。

少年は罪の意識から、潜在的に、自らの死、あるいは家族の死を願っているかのようです。でも、家から持ち出した母のノートに綴られた「高祖母の伝記(注4)」や、最後の最後に示される父親の強い愛情が、彼を暗い思いから救い出してくれるんですね。帰路の旅では、「暗いつぶやき」はもう、不要になるはず。もちろん克明な地図をはじめとする図表の製作は、今後も続くのでしょうが。^^

アメリカで高等教育を受けた女性の最初の世代である、優秀な地質学者の高祖母のエマが、ヘイデン博士によるワイオミング地質調査隊に加わって西部を訪れ、現地の鉄道信号手のテカムセ・テルホ(注5)と結婚するという「作中のエピソード」も楽しかったですね。

2010/5




(注1)学者肌のT・S少年と異なり、陽気な弟は家族から愛され、とりわけカウボーイの父親は、牧場の後継ぎと決めていたようです。T・S少年が弟を誘って、銃に関する記録をとっていた時に不幸な事故が起こりました。

(注2)父親は牧場主の「テカムセ・イライジャ・スビヴェット」。母親は甲虫学者の「クレア・リネカー」。こんな不釣合いな両親がどうやって出逢い、結婚に至ったのかは、息子のT・S少年にとって大きな謎です。

(注3)「T・S」は「テカムセ・スパロー」の略です。「テカムセ」については(注5)参照。「スパロー」のほうは、少年の出産を祝福したのがスズメだったから・・だったような。

(注4)母親のクレアは、ごくわずかな歴史的事実をもとに、高祖母エマの伝記を「創作」していたようです。彼女にとっても、エマがテルホと恋に落ちた理由は謎だったようで、創作ノートはそこで中断されていました。

(注5)西部にたどり着いて、ショーニー族の偉大な戦士の伝説を聞いて涙したフィンランド人の高祖父「テルホ」が、自らその名前を名乗り、子孫の男性はすべて「テカムセ」と名づけるよう、一族の決まりを作ったのです。