りぼんの読書ノート

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ネザーランド(ジョセフ・オニール)

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タイトルの「ネザーランド」はオランダのことではなく、17世紀半ばまでオランダ領であったアメリカのニューヨーク近辺のことのようです。「低地」を意味するこの言葉には「地下の国」という意味もあるとのことで、本書は死者を悼む記憶の物語でもあるのです。

 

本書の語り手であるオランダ人のハンスは、妻と息子と一緒にロンドンで暮らしている銀行員。2006年のある日、彼はかつて知り合いであったチャックというトリニダード人の遺骸がニューヨークの運河から発見されたと知らされます。そのニュースによって彼は、2001年から2003年の間に赴任していたニューヨークでの惨めな記憶を呼び起こされるのです。

 

9.11テロの後、イギリス人の妻は息子を連れてロンドンに帰郷。ひとり残されてホテル住まいとなったハンスは、離婚の危機に陥ります。そんな彼がオランダで少年時代にたしなんでいたクリケットを再開した際に出逢ったのがチャックでした。ハンスは、ニューヨークに立派なクリケット場を作るという壮大な夢を語るチャックに魅力を感じて交流を始めますが、彼は表向きは不動産業者でありながら、裏では危ない仕事もしていたようです。彼はなぜ殺害されたのでしょう。

 

しかし本書はミステリではなく、チャックの殺害犯も最後まで不明のままです。その代わりに語られるのは、ほとんどが非白人の移民であるクリケット仲間との繋がりであり、彼らの視点から眺めたニューヨークという大都会の裏の姿です。そしてそれらと関連して、亡くなった両親や、戻らない少年時代や、失った友人たちや、崩壊したビルや、中東で始められた戦争に関する思いが語られていくのです。そしてハンスは、取り戻した家族の中に、失われた故郷の姿を見出すのです。

 

2009年のPEN/フォークナー賞を受賞した本書に関しては、多くの書評家がフィッツジェラルド、バンヴィル、コンラッドなどの作品との関連を論じているようです。確かにチャックにはギャツビーと共通するイメージもありますが、私が連想したのは村上春樹でした。本書は損なわれた大切なものを取り戻す物語だったのですから。

 

2022/5