りぼんの読書ノート

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カデナ(池澤夏樹)

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1968年夏。まだアメリカ軍の施政権下にあった沖縄カデナ基地は、ベトナム空爆の拠点となっていました。巨大で醜い胴体に満載した爆弾を、連日北ベトナムに「配達」するB52の動向は、ソ連や中国の偽装漁船から報告されていたとのことですが、沖縄にも巨大な米軍への抵抗を試みた「小さな素人スパイ組織」がありました・・。

スパイとなった動機は様々なのです。米比混血でカデナの米軍に勤務する女性曹長フリーダは、太平洋戦争末期のフィリピンで艦砲射撃から逃げ惑った幼児体験と、家族を捨てた父親を憎んでいる母への思いから。サイパンで両親と兄を喪って沖縄に戻りラジコンを趣味とする朝栄は、戦争を憎む思いから。朝栄の甥で地元のロックバンドで活躍する青年タカは、沖縄への思いから。朝栄のサイパン時代の旧友だったベトナム人安南は、もちろん祖国への思いから。

それと並行して脱走兵を支援する沖縄の素人組織も登場するのですが、そこで指導者的役割を担う大学教授の言葉が著者の思いなのでしょう。「やめたくなったら、いつでもやめていい。組織の中のひとりひとりが自分の意思で動くことが大切。集団の中にありながら自分の意思を失わず、集団の悪意をガス抜きするのがスパイ。スパイ同士は独立した個人として連帯する。」

しかし、スパイであることは複雑なのです。フリーダにとっては恋人であるB52機長のパトリックを裏切る行為であり、朝栄にとっては大切な妻や甥を危険に巻き込む行為であり、なによりも、集団の意志に埋没せずにいるには、矛盾を抱えて生きる強さが必要となるのです。そして、惨事が起こります・・。

著者が沖縄に居を移して、10年になるそうです。池上永一さんの小説を読むかのような沖縄言葉にも、沖縄の人たちの感情描写にも、無理は感じられません。こういう小説は時として「あたまでっかち」になりやすいのですが、「読んでおもしろい小説」に仕上がっています。沖縄での生活が結実した作品ですね。

2010/2