りぼんの読書ノート

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白き瓶-小説 長塚節(藤沢周平)

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子規晩年の弟子であり、伊藤左千夫とともに「アララギ派」の中心的な役割を担った歌人であるだけでなく、農民文学の不朽の名作として讃えられる小説『土』を著した長塚節は、結核によって37歳の若さで亡くなっています。

本書は、山形県の教員時代に同じ病で闘病生活をおくり、一時は俳諧を志した著者が渾身を傾けて書いた小説なのでしょう。本書は「吉川英治文学賞」を受賞していますが、選考にあたった井上靖が「長塚節について知りたいことは全てこの作品の中にある」と激賞しているほど。

しかし歌人としての実力は別として、長塚節は「アララギ派」の中では比較的地味な存在だったようです。むしろ結社を率いる指導力を有しながら頑なな性格で、次々と森田義郎や三井甲子らと袂を別ち、さらには若い才能である斎藤茂吉や島木赤彦らも辟易とさせた伊藤左千夫のほうが主役に見えてきてしまいます。左千夫の盟友であり、よき理解者であったはずの長塚節ですら、時に歌論や姿勢を攻撃されてうんざりする様子は面白いのですが・・。

当時の短歌・俳句の世界は、志と才能を持った青年たちが「世に出る」手段だったのかもしれませんね。現代の日本で「ミュージシャン」や「芸人」を目指す感覚に近いと言ってしまうと言いすぎでしょうか。

しかし本書は、結核を病んでいた長塚節が、なぜ死に至るまで「旅」に憑かれていたのかとの疑問に答えようとして書かれた小説なのだとしたら、成功していないのかもしれません。「日本各地を旅することによって感動を新たにして歌想を得ていた」との主題が、実家の困窮(借金漬けになった茨城の名家ですが)や、病に対する不安、さらには生涯独身であったがゆえか、女性に対して過剰な思いを抱いていたことなどによって薄まってしまった気がします。それらも含めて「人間」であり「伝記」であると言われてしまいそうですけど。

2009/9