りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

激しく、速やかな死(佐藤亜紀)

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ミノタウロス以来、佐藤亜紀さんの1年ぶりの新作は短編集でした。帯には「歴史の波涛に消えた思考の煌きを華麗な筆で描き出した」とありますが、どの作品にも、いかにも佐藤さんらしいヒネリが効いています。

そもそも「どうしてこの人物のこの思考なのか」というテーマの選択自体に、宗教や狂信者への不信や、嫌味で無粋な男への皮肉が籠められているのですが、それらのテーマを、思わずクスッと笑ってしまうような作品に仕上げたところがいいですね。相変わらず、友人には持ちたくないタイプの方ですが・・^^;

「弁明」
悪事が露見して逃亡生活を送るサド侯爵の独白なんですけど、言い訳が言い訳になってない!「サディズム」という言葉を生み出したほどの方なのに、お相手を見つけるのには苦労されていたんですね。

「激しく、速やかな死」
断頭台での死を目前にした2人の囚人の対話の内容が凄い。「孫に死を見せないように」注意していた祖母の突然死を目の当たりにして以来、周りに死が溢れかえっていることに気づいたなんて話は、こんな場にふさわしいような、ふさわしくないような・・。

「荒地」
一時的にアメリカに逃れていたタレーランが見たものは、家族が歴代親しんだ土地に葬られるというような安心感を失わせる「新大陸の荒地」だけではありませんでした。ピューリタンたちの異常な信仰心と同居する現実主義が何を生み出すのか。こんな男にそんなことを言われたくないものです。

「フリードリヒ・Sのドナウへの旅」
ナポレオン暗殺未遂犯なんて存在してはいけないのです。政治的な思惑も軍事的な意図もなく、ただ義憤に駆られて暗殺を試みる者がいるなどということは恐怖でしかありません。

「金の象眼のある白檀の小箱」
メッテルニヒ夫人が夫に書き送ったパリの宮廷ゴシップは、なんとジュノー夫人と自分の夫との浮気事件の顛末でした。ジュノー本人のカロリーヌ・ミュラとの不倫はナポレオンの逆鱗に触れてしまって、笑える結果にはならないんですけどね。「醜聞は真面目だから退屈で、ゴシップは無責任だから愉快」なんです。^^

「アナトーリと僕」
戦争と平和』の主人公ピエールの放蕩仲間のアナトーリに飼われていた熊のミーシャが登場人物たちの様子を語ります。いわば、「我輩は熊である」ですね。^^佐藤さんの「ピエールは本当に鼻持ちならない嫌なやつだ」との意見には全く同感!

「漂着物」
『白鳥』の主題に乗せて、ボードレールが独白の形で半生を振り返ります。母の再婚、義父との確執、二月革命バリケード、放蕩、黒人女、梅毒による衰弱・・。耽美的で背教的なボードレール詩篇はどこからどうやって生まれたのか。一大長編にもなりそうなテーマを、ここまで切り詰めた言葉であらわしてしまうとは!

2009/8