りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

昏き目の暗殺者(マーガレット・アトウッド)

イメージ 1

年老いたアイリスが書き遺した一族の物語は、悔恨の歴史だったのでしょうか。妹ローラ、夫リチャード、娘エイミーの死の真相に至るには長い物語が必要だったのです。「悲劇とは長い悲鳴ひとつですむものではない、そこに至るありとあらゆるものを含んでいる」のですから。

物語の軸となるのは、アイリスの自叙伝です。裕福な家庭で育った少女時代、純粋すぎる妹ローラへの微妙な感情、組合オルグのアレックスとの出会い、母親の死、父親の破産とチェイス家の没落、新興成金のリチャード・グリフェンとの家運を背負った結婚、義妹ウィニフレッドとの確執などが、いかにも老女らしい毒舌で語られていきます。

それと交互に綴られるのは、ローラを伝説の作家に祭り上げた「昏き目の暗殺者」という作中作小説。年若い人妻と逃亡中の男の逢瀬の儚さは、小説の中で男が語るスペースオペラのプロットによって強調されていきます。異星人に支配された星で、盲目の暗殺者が、物言えぬまま生贄とされる運命の女と恋に落ちて始まる逃避行は、どのような結末を迎えるのでしょうか。

小説の作者は誰だったのか。登場人物のモデルは誰だったのか。エイミーの両親は誰なのか。アイリスが気づいた真相とは何だったのか。全てが明かされるエンディングは、全てを知ったサブリナを主人公とする新しい物語の始まりのように思えます。アイリスの独白は行方不明の孫娘サブリナに宛てて書かれたものなのですし、本書の構成自体がサブリナの関与を想像させるものなのです。

その一方で、アイリスを「信用ならざる語り手」とみなすと、全く異なる物語になってしまう怖さもあるのです。ブッカー賞とハメット賞を受賞した、仕掛けに満ちた作品です。

2014/12