まず印象に残るのは、6作に登場するアメリカ製の事務機セールスマンであるシンプソン氏。はじめは「詩歌作成機」なる、ちょっと滑稽で皮肉たっぷりの機械を持ち込んでいたのに、だんだんとエスカレートしていくんですね。本物を複製してしまう「三次元複製機」とか、「美の測定器」とかを売りこんだり、「昆虫と対話して使役する方法」を考え出したりしたあげく、最後に行き着いたのは中毒性のある「トータル・レコーダー」。科学の進歩という人間の「夢」が、やがて人間を支配する「悪夢」に変わっていく様子が不気味です。
ただ「悪夢」にも段階があるようで、ニワトリが操作に適している「検閲機」とか、寄生虫のサナダムシが宿主に捧げた詩の解読とか、自動車の「性差」の研究とかはまだ苦笑程度で済むのですが、痛みを快感に変える「転換剤」は悲劇をもたらす。
そして人類はまだ幼生であるとして、完全な生体化をはかる表題作「天使の蝶」に至ると、おどろおどろしい世界に突入してしまいます。そもそも「創世記第六日」によると、人類は、神々の専門家たちによる企画会議の結論を無視したトップの独断が生み出した失敗作のようなのです。(笑)
軽妙な文体ながら、ディックを思わせる狂気を含んだ作品群です。
2009/7