りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

遠い音(フランシス・イタニ)

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5歳の時に猩紅熱で聴力を失ったグローニア。前半はグローニアを思いやる家族や友人や教師たちに囲まれて、彼女が「言葉」というものを理解し、学んでいく課程がじっくりと描かれます。

娘の看病が不十分だったと自分を責め、聴力が回復する奇跡を望み続けた母。ありのままのグローニアを受け止め、絵本で言葉の断片を根気強く教えた祖母。あくまでも実際的に、聾学校への入学を勧める父。妹を守り続けた姉と兄。全寮制の聾学校に入学したときにはメソメソしたけど、暖かい家族や教師に恵まれて、彼女は決して孤独ではなく、手話や口講を身につけて彼女の人生は開かれていきます。そして、音楽好きの好青年ジムとの運命の出逢い。

しかし結婚した2人を待ち受けていたのは、第一次世界大戦へのカナダの参戦でした。担架兵として、砲弾の大音響がとどろく凄惨な戦場を駆け回るジム。感性を研ぎ澄ませて静寂の世界を生きながら、夫の帰国を待つグローリア。後半は、対照的な2つの世界が交互に描かれていきます。こういう展開になってしまうと、読者の興味は「ジムは無事に生還できるのか」に絞られてしまいそうですが、そこでもさりげなく「音のない世界に生きる者の驚き」を書き込んでくれるのですから、著者は落ち着いたもの。

姉のトレスと映画を見に行ったグローリア。グローリアは、物語的には決してクライマックスではないところで、繋いでいた姉の手が汗ばむのを感じて不思議に思うのです。姉の「たぶん音楽のせいよ」との答えは、彼女に新鮮な驚きをもたらします。はじめから最後まで、グローリアの視点は新鮮なんです。もちろん、それは読者にとっても新鮮です。

ところでグローニアのモデルは、やはり耳が聞こえなかった著者の祖母だそうです。手話を排して音話に一元化しようとの試みが聾唖者の世界に混乱をもたらしたことや、グローニアも祖母も通ったベルヴィルの聾学校のようすなど、調べが行き届いているのもうなずけます。

2009/7