りぼんの読書ノート

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小鳥はいつ歌をうたう(ドミニク・メナール)

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母親の「わたし」が読み書きできないのは、言葉というものが裏切り者であると幼い頃に知ってしまったため。童話を読み聞かせてくれている最中に、祖母が脳梗塞で倒れてしまったのです。まだ文字を知らなかった幼女は、その童話がどう終わるのかを知りません。あるいは遠くの国から逃げて来た祖父が、その国の文字を読めなかったせいで不幸な目に陥ってしまったという過去も関係していたのでしょう。

 

彼女の娘アンナが話すことができないのは、聴力に問題があるからではありません。読み書きの習得を拒否して社会と自分との間に壁を作った母親が、娘と一心同体のままであるせいで、アンナもやはり外の世界を拒否しているからなのです。

 

母親が仕方なく、聴覚障害児のための学校にアンナを入学させたことで物語が動き出します。熱意ある青年メルランが、アンナに言葉を教えようとするのです。風船をふくらませて息の吐き方を学ばせ、笛を与えて息で音を鳴らす楽しみを教え、アンナの可能性を広げていくメルランは、母親にとって、娘の救い主なのでしょうか。それとも娘を奪う敵なのでしょうか。メルランに対する愛と憎しみの間を揺れ動く母娘が救われる道はあるのでしょうか。母親が働く小鳥屋や、母娘が引き籠る海辺のバンガローなど、映画的な情景の中で物語は進んでいきます。

 

著者は子供の頃、他人とのコミュニケーションが苦手で、両親以外の人とは話もできなかったそうです。もっとも書くことは得意だったそうですから、著者の分身であろうアンナはやがて、言葉を話せるようになり、文字も習得していくのでしょう。そのような未来を予想させてくれるエンディングは、救いに満ちているのです。

 

2022/4