りぼんの読書ノート

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虹をつかむ男(ジェイムズ・サーバー)

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1894年にオハイオ州コロンバスで生まれ、シカゴやニューヨークで記者、編集者、挿絵画家とした後に専業作家となった著者による短編集です。表題作は1947年にダニー・ケイ主演で、2013年にベン・スティーラー主演で2度に渡って映画化されています。もっとも原作は短編ですので、どちらの映画も原作のエッセンスを生かした独自のストーリーのようです。

 

著者の特徴である、コミカルな語り口で人生の真実を衝くユーモアな作風を最大に生かしているのは、やはり表題作ですね。ある時は悪天候をもモノともしない勇猛果敢な艇長、ある時はいかなる事態にも冷静に対処するスゴ腕の外科医、またある時は高潔なる射撃の名手、そしてまたある時は命知らずのパイロット・・しかしその実態は中年の恐妻家ウォルター・ミティ。すべては彼の妄想だったのですね。他にも中年男性が列車で出会った女性を女スパイと思ったり、機械音痴なのに自動車メカの天才である自分を想像したり、ギャングに狙われていると思い込んだりする作品がありますが、誰もが著者の分身なのでしょう。どれもバカバカしい妄想なのですが、その背景は奥が深いのです。

 

他の作品も、奥様や現実の知人と思しき中年女性の思い込みを笑い飛ばしたり、オー・ヘンリーのような小市民の哀歓悲喜を描いたり、実際に起きた事件の皮肉な結末を淡々と綴ったりした、人間味あふれる掌品ばかり。大きな箱の中に隠れたいという衝動を抑えきれない男を主人公とする「人間の入る箱」は、安部公房氏の『箱男』の原案となったのかもしれません。

 

各掌編の表題ページには著者自身によるイラストがあり、自作の漫画を解説した「本箱の上の女性」という作品も収録されています。癖の強い「へたうま」的な漫画ですが、風刺性に満ちた味わい深い作品であることは、著者の文章と同様です。代表作とされる「気が狂いそうな女」や「我が家の女」についてのとぼけた学説は秀逸です。

 

2022/4