りぼんの読書ノート

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1Q84(村上春樹)

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いわずと知れた大ベストセラーですが、なんとまぁ、レビューを書きにくい本なのでしょう。優れた小説というものは多くの場合、多義的な内容を含んでいるのですが、村上さんが初めて三人称で書いた長編小説である本書も、ひとつの立場や見方から割り切れるようなものではないのです。

1984年に30歳となる2人の男女の物語が交互に繰り返されていきます。女性の敵に対する「仕事人」を裏の顔として持つ、スポーツジムに勤める「青豆の物語」と、数学の予備校教師のかたわら、小説家となるべく小説を執筆している「天吾の物語」。

17歳の少女「ふかえり」が書いた荒削りながら不思議な魅力を持つ小説「空気さなぎ」に新人賞を取らせるべく、ゴーストライターとして天吾がリライトをするあたりから、世界は変調をきたしていきます。たどりついた世界は「1Q84年」であり、もはや戻る道はない。

やがて「ふかえり」はカルト教団教主の娘であり、青豆の最期の標的は「ふかえりの父」であること、さらには天吾と青豆は10歳の時に手を握り合って以来、互いを深く思い続けている関係であることなどが明らかになってくるのですが、小説「空気さなぎ」に描かれていた「リトル・ピープル」なる謎の存在が、不気味な活動を始めます。そして、青豆の世界に輝く2つの月!

本書のテーマを理解するうえで、「リトル・ピープル」は大きな手がかりのひとつです。オーウェルの『1984』に登場するスターリン的な「ビッグ・ブラザー」の延長もしくは対極にある存在であることは容易に想像がつきますが、ではそれは何なのかと問われると、一筋縄ではいきません。暴力なのか、狂気なのか、虚無なのか。個人を圧する社会的な存在なのか、個人の内部に潜むものなのか、感染性のものなのか・・。しかも、必ずしも「悪」とは限らない。むしろ人々と共生していくべき存在のよう。

それだけではなく、謎の多い小説です。ひとつの謎の解明は別の謎を生み、しかも疑問を残したままで物語は終わります。続編が期待されているゆえんですが、続編はあってもなくてもよいのではないかと思います。

本書は「狂気に対峙する愛の物語」であり、「親を喪失した子どもたちの再生の物語」であり、「記憶を巡る物語」であり、「巨大な闇に対する抵抗の物語」であり、「小説の可能性を追求する物語」でもあるようです。これらのテーマがひとつの明快な解決に収斂していくのかというと、今の現実世界の中では「わからない」というのが「答え」のように思えますので・・。

2009/7