りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

サラマンダーは炎のなかに(ジョン・ル・カレ)

イメージ 1

ル・カレさんというと、『スクールボーイ閣下』や『リトル・ドラマー・ガール』など、冷戦時代を舞台にしたおそろしく出来のいいスパイ小説を書いていた方(過去形!)との印象があるのですが、先般映画化された『ナイロビの蜂』では、アフリカで人体実験を行う大手製薬メーカーと結託した英国外務省に対する憤りを描いて、その健在振りを見せつけてくれました。

本書で著者の怒りの対象となったのは、ネオコンに操られてイラク戦争を仕掛けたアメリカと、アメリカに追随したというより、むしろ先導したとも言われるイギリスの両政府です。その怒りを描くために「犠牲者」として選ばれたのは、1960年代の学生運動で知り合い、冷戦期を通じて固い友情で結ばれながらダブルスパイを務めていた、イギリスのマンディと東ドイツのサーシャ。

そもそもなぜ人はスパイになるのか。お金も重要だけど、それだけではない。そこには理想があり、信念があり、友情も恋も家族もある中で、スパイという道を選択した2人の生い立ちから人格形成期までを、きっちり伝えてくれるから説得力が増すのです。

800ページのうち、700ページまでを費やした回想部分は「古き良き冷戦時代」を描いて、それだけで独立した読み物に仕上がっているけれど、それは全部「伏線」にすぎません。ラスト100ページの米英政府の陰謀に至る前に、この2人にたっぷり感情移入させられた読者は、彼らが犠牲者とならざるを得なかった理由をラストで噛みしめるはず。さすが、ル・カレです。

本書に登場する、引退したMI6の元幹部は、かつてのシリーズの主人公だったスマイリーを髣髴とさせてくれます。それとも、やはりMI6に身をおいたことのある著者自身の投影か。祖国の変質を一番悲しんでいるのは、生き残った者なのですから・・。

2009/2