りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

誰よりも狙われた男(ジョン・ル・カレ)

イメージ 1

80歳を越えてなお、冷戦消滅後の世界における新しいスタイルのエスピオナージュを著し続けている巨匠が、サラマンダーは炎の中にミッション・ソングと同様に、アメリカを中心とする「テロとの戦い」のあり方に疑問と怒りを投げかけた作品です。

ボロボロになってハンブルクにやってきたチェチェン出身の青年イッサは、不法滞在者であるどころか、過激派として国際指名手配されている男でした。彼を巡る3人の男女の心理が丁寧に描かれていきます。イッサを救おうとする救援団体の若い女性弁護士のアナベルソ連崩壊時に大佐であったイッサの父親から不法な預金を預かっていた銀行の老経営者トミー。イッサを利用して新たなスパイ網を築こうとしてするドイツのベテランスパイのバッハマン。三者は近づきあい、誰しもがギリギリ満足できる合意がなされたのですが・・。

意表を衝くエンディングも良いのですが、やはりル・カレの良さは人物造型とデテイルにありますね。リュックを背負いミネラル・ウォーターしか飲まず、少年聖歌隊の声を持つというアナベル。イッサを救い得る唯一の道を選んだ後も罪悪感を抱く彼女の心情は、リトル・ドラマー・ガールのチャーリーを思わせます。

他の男と交際を持つ妻と鬱病の娘を持ち、娘と同年代のアナベルに魅かれる老銀行家。彼は、父親の犯罪がもたらした財産の放棄に安堵感を抱くのでしょうか。現場主義のバッハマンが居てはいけない場所に行くエンディングまでの心の動きも、冒頭でイッサをかくまうトルコ人母子の心情描写もいいですね。彼らもまた本件に関わって犠牲者となっていくのですが・・。

著者の全ての作品にはヒューマニズム精神が流れているのですが、本書を含む近著ではますますその傾向が強まっているように思えます。強まる一方の悪意が緊張感を高めているように思える世界情勢が、著者を駆り立てているのかもしれません。

2014/4