りぼんの読書ノート

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戦下の淡き光(マイケル・オンダーチェ)

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2018年に歴代ブッカー賞の中で最優秀作品に選ばれた『イギリス人の患者』の著者の、7年ぶりの新作は、やはり高水準の魅力的な作品でした。「1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した」と始まる本書は、第二次大戦の余韻を引きずるイギリスで展開される母と息子の物語です。といっても物語の大半で母は不在であり、母が隠し続けた秘密をたどる少年が、思いがけなく自分自身に関わる秘密を発見してしまうという衝撃のエンディングが読者を待っているのです。

 

本書の第1部は「「見知らぬ人だらけのテーブル」と題されており、おのずと前作『名もなき人たちのテーブル』が連想されてしまいます。そちらは、こちらは少年が単独でセイロンからイギリスへと3週間の旅をする客船の中で起こった出来事を回想するという自伝的な要素を含む物語なのですが、少年時代に遭遇した不思議な出来事の真実を探し出すという意味で、本書とは姉妹作にあたると言えるでしょう。

 

母が姿を消したときに14歳であった少年ナサニエルは、16歳の姉レイチェルとともに胡散臭い人物に囲まれ、胡散臭い仕事も手伝わされながら過ごします。秘めた初恋も経験したりするものの、最大のショックは外国に行った母が持って行ったはずのトランクを発見してしまったことでしょう。そして、保護者のひとりが命を落とす襲撃事件が起こって第1部が終わります。

 

第2部はその14年後、28歳になった青年の物語。襲撃事件の後で姿を現した母とは大学に入るまで田舎で同居生活をおくったものの、母は自身の行動について何も語らないまま殺害されてしまいました。そして政府の情報機関に職を得た青年は、母が戦時から戦後にかけて重要な役割を担っていたスパイであったことを知るのです。母の生涯は他の視点人物によるダブルナレーションで綴られており、どこまでが真実なのか判然とはしないのですが・・。

 

本書の原題である「Warlight」とは、戦時中の灯火管制の際に緊急車両のために灯された薄明かりのこと。真実は、それを知る資格があるものであっても、朧げにしか見えないものであることを暗示しているようです。読者もまた、薄明かりを頼りに本書を読み進めるには、屋根から落ちた少年とか、少女が愛した詩の一編とかのデテイルを見逃してはいけません。

 

2020/11