りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

コンゴ・ジャーニー(レドモンド・オハンロン)

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19世紀末から20世紀はじめの「ナショナル・ジオグラフィック」に掲載された冒険譚の抜粋を編集した大冒険時代のレビューで「今ではこんなに心躍る冒険は消滅した」と書きましたが、間違ってました。Beckさんに勧めてもらった本です。

本書は、1990年にイギリス人旅行記作家である著者が、アメリカ人動物学者ラリーと現地の実情に通じているコンゴ生物学者マルセランとともに、コンゴ川の上流地域を探検した「実話」です。まだまだこんな「冒険」があったのですね。ピグミーの言い伝えに誘われて、コンゴ川上流にある湖に棲息しているという幻の恐竜・モケレ・ムベンベを発見するという目的も、「神秘とロマン」に満ちています。

しかしながら、そんな幻想は瞬く間に消え失せるのです。一行が出会ったのは、当時の社会主義政権の役人の腐敗、想像を絶するほどに劣悪な衛生環境、絶望的な貧困と飢餓、おろそかにされる人命、ピグミーを奴隷として扱うズールー族・・。得体の知れない虫とか、うじゃうじゃいる毒蛇とか、蔓延している
ウィルスとかの話だけで、行ってみたいという意欲も消え失せてしまいます。^^;

ここにあるのは「混沌」です。かつてコンゴを植民地化したフランス人が一旦は駆逐したはずの伝染病が復活しているという事実の冷静な分析や、村にたどり着くたびに女を求める従者の話や、サルの性生活や、鳥類の生態や、精神社会を支配する呪術への畏怖や、3本指の精霊・サマレの神秘などが、並列で記述される。まるで、「神秘とロマンの幻想」と「現実」が同居しているかのよう。

著者は、西欧的理性による整理や抽出など無意味とでも言うように、混沌とした体験の全てをひたすら記述していきます。だから読みにくい。でも、だからこそ迫力がある。熱病のせいか、呪術のせいか、著者自身までが壊れていく様子は凄みを帯びていきます。著者が「母親がわり」となった赤ちゃんゴリラや、「旅の仲間」たちと別れるラストまでたどり着いた時には、読者もぐったりと疲れているはず。

2009/2