りぼんの読書ノート

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おとなしいアメリカ人(グレアム・グリーン)

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まだフランス軍ベトナムに駐留しており、アメリカの介入が始まる前の1950年代のはじめ、ひとりのアメリカ人青年が無残な水死体となって発見されます。引退間際のイギリス人記者ファウラーは、その青年パイルと、美しい地元娘フウオングを争っていたものの、理想に燃えていた純真なライバルの死に痛めます。しかしファウラーは、パイルの死の真相を知っていたのでした。

ファウラーのモデルは、当時何度もベトナムを訪問していた著者自身です。アメリカの軍事支援に支えられたフランス、民族独立を掲げるベトミン、それを支援するソ連や中国などの勢力が混沌としている中で、民主主義を標榜しながら世界の冷戦構造の中で、ベトナムへの直接介入の機会をうかがうアメリカが、著者の眼にどう映っていたのかが明らかな作品です。実際に著者がアメリカ入国を拒否されたのは、この作品のせいとも言われています。

ファウラーとの結婚を望みながら無邪気にアメリカに憧れるフウオングと、複雑な情勢の中でしたたかに立ち回っているような彼女の姉は、著者が見たベトナムの姿なのでしょう。そして純真な気持ちには嘘はないものの裏工作にも関わっていたパイルは、やはりアメリカを象徴している存在なのです。

全体としては反戦小説としての構造を有する作品ですが、著者がファウラーに託した冒険心と厭世観、「フウオング=ベトナム」に対する優柔不断さと最後の決断、それでも残る微かなためらいの感情などは、やはり優れて文学的なのです。

2018/10