りぼんの読書ノート

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おそろし(宮部みゆき)

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この本は宮部さん得意の時代小説という体裁をとっているし、江戸時代の人情や不思議を描いたものなのですが、全体として読むと、全然違う種類の小説に仕上がってるんですね。ジャンルとしては、「ファンタジー」といったほうが近いかもしれません。ただし、おそろしく質が高い。宮部時代小説のファンにも、宮部ファンタジーのファンにも、お奨めと思うのですが・・。

川崎の旅籠のお嬢さんだった「おちか」が、訳アリで、神田三島町の叔父夫婦に預けられます。彼女を巡って、ある「事件」が起きてしまい、そこから立ち直れないでいたのです。おちかを案じた叔父の荒療治は、彼女に人々から「変わり百物語」を聞かせることでした。

第一話曼珠沙華は、人を殺めて遠島になった兄をうとましく思った弟の心が起こした悲劇。第二話「凶宅」では、欲に釣られて不思議な館の留守を務めた鍵職人一家を襲った悲劇。第三話「邪恋」では、逆におちかが、自分が巻き込まれた三角関係の末に起こった悲劇を語り、第四話「魔鏡」では、美形の姉弟の関係が引き起こした、一家が滅ぶほどの悲劇が語られます。

ただ、ここまで読んで不思議に思った人も多いのではないでしょうか。どの話も皆、完全に決着がついていないのですから。でも、ご安心ください。それは第五話「家鳴り」に至る伏線だったのです。

不思議で怪しい怨念は、語られ聞かれ、つまりは理解されることで浄化されていくのでしょうか。「変わり百物語」を聞いてきたおちかの中には、ある種の力が育っていたようです。とはいえ、おちかが最後に対決しなければならないのは、彼女自身の心の闇。ラストは少々説明的で強引でしたが、余韻も遺していて、とっても良くできた物語でした。

しかし、です。余韻を遺したエンディングとはいえ、これはファンタジー的な余韻です。今までの宮部時代劇に共通していた、人の心や運命に対しての余韻を期待した読者の中には、とまどいを感じる人もいるかもしれませんね。

2008/11