りぼんの読書ノート

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ただマイヨ・ジョーヌのためでなく(ランス・アームストロング)

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マイヨ・ジョーヌとは、自転車レースの最高峰であるツール・ド・フランスで1位を走る選手だけが着ることができる、栄光のジャージのこと。近藤史恵さんの『サクリファイス』で自転車競技に興味を持ったので、本書を手にしてみました。

アルプスやピレネーを含む4000キロものコースを23日間で走破する過酷なレースで、前人未到の7連覇を成し遂げ、自転車後進国アメリカにあってタイガー・ウッズマイケル・ジョーダンなどと並ぶスーパースターとなった著者による自伝的小説ですが、「It's Not About the Bike(自転車の話ではない)」という不思議な原題がついています。

それもそのはず。彼のツール・ド・フランス連覇が開始されたのは、選手として絶頂期を迎えようとしていた25歳の時に発病し、発見された時には既に肺や脳にも転移していた睾丸ガンから生還した後だったのです。生存率は20%以下と言われた所からの復活劇は、著者の自己発見の物語にほかなりません。

闘病生活の末に失われたものは、鍛えた筋肉や肺活量だけではなく、生きる意味そのもの。化学療法でボロボロになった身体で自転車に乗ってみたところママチャリにも追い越され、チームからは契約を打ち切られ、再起できる見通しもなく、ただただガンの再発に怯えて、自暴自棄に陥った日々。

そこから立ち直ったのは、ひとえに、彼を信じてサポートし続けた母親、妻、医者、看護婦、友人たちの励ましだと、彼は最上級の賛辞を贈っています。死と向かい合って、周囲の人たちの優しさや、人を愛することや、生命の素晴らしさに気づき、仕事でしかなかった自転車は限りある生命を燃やす「生きがい」へと変わったという言葉は、普段なら鼻につくけど、これだけの奇跡の後では浮いていません。

もちろん、精神論だけが語られているわけではありません。初優勝した1999年のツール・ド・フランスの自戦記部分は、レース展開や感情の揺れも詳しく説明されていて、迫力あるスポーツストーリーに仕上がっていますし、闘病でマッチョな肉体を失ったことが身体を軽くして、かえって山岳ステージに強くなったというような、文字通り「災いをチャンスに変えた」ような自己分析もされています。

ツール・ド・フランスで7連覇を果たして2005年に引退した著者ですが、数日前の新聞で「ガン基金のために復帰する」とのニュースを見かけました。日本ではマイナーな自転車競技ですが、応援を送りたいと思います。

2008/9