りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

海峡を越えて(ジュリアン・バーンズ)

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ドーバー海峡を越えてフランスへ渡ったイギリス人をめぐる10の物語。時代も趣向もさまざまですが、どの作品からも、隣国に対する著者の「感傷」が強く伝わってきます。「外国にたいする評価が公正かつ正確であることなどほとんど」なく、「外国は、自分の国では味わえない理想主義を提供するために存在する」のですから。

「電波妨害」
若き日に渡欧してから40年間、BBCだけで故国と繫がっていた作曲家が、死の床につこうとしています。彼が最後の作品を祖国に捧げたのは、変節だったのでしょうか。

「ジャンクション」
19世紀半ば、イギリスの技師によって進められる鉄道建設事業を苦々しく見つめる村の神父にとって、豪雨で壊れた巨大な陸橋は「バベルの塔」にほかなりません。しかし鉄道は完成し、現代の大聖堂建設にたとえられるのです。

「実験」
叔父が、結婚前にフランスのシュルレアリストたちの奇妙な実験に参加したというのは、単なる妄想だったのでしょうか。意外な「真実」が示唆されています。

「メロン」
革命下のフランスに囚われて精神を病みつつあるイギリスの将軍は、英仏関係が悪化する前のフランス旅行のことを思い出します。フランスにもクリケットが広がっていれば、こんな対立は避けられたのかも・・。

「竜騎兵」
17世紀の南フランス。ユグノーを弾圧してカトリックへの改宗を迫る竜騎兵の中には、アイルランド出身者もいたそうです。彼ら自身、クロムウェルの無慈悲なアイルランド支配を経験してきたのです。なんという、歴史の皮肉!

「ふたりだけの修道院
19世紀末にボルドーのワイナリーを買った2人のイギリス人女性の友情が、ほのぼのと綴られていきます。イギリス人が南国に感じる憧れとこだわりが、凝縮したような作品です。

「海峡トンネル」
70歳となるフランスひいきの老作家のモデルは著者自身のようです。ユーロスターでトンネルを渡る間に、フランスとの関わりや思い出を楽しんだ老人は、本書の執筆を思いつきます。なるほど、そういう構成でしたか。「小説家の仕事は、記憶を取捨選択し、接ぎ木して他人に伝えること」と言い切っています。

他には、第一次大戦で弟を亡くして戦没者墓地をめぐる老婦人が、死者たちが忘れられる未来を憂う「永遠に」フランス山間部の小さな村で開催された不思議な会合を描いたグノーシス仲間」。踊り子の少女が、ツール・ド・フランスに出場するために海を渡った自転車レーサーの少年との関係を語る「ブランビッラ」が収録されています。

2015/5