りぼんの読書ノート

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またの名をグレイス(マーガレット・アトウッド)

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カナダを代表する作家であるアトウッドさんの本を読むのは『侍女の物語』以来、2作目。本書は、1843年にカナダで実際に起きた殺人事件に題材を求めて、カナダ犯罪史上最も悪名高いと言われている女性犯グレイス・マークスについて描いています。

当時16歳の女中であったグレイスは、屋敷の使用人ジェイムズと共謀して、屋敷の主人と女中頭を殺害したとして、2人でアメリカに逃亡したところを逮捕されます。ジェイムズは絞首刑となりましたが、グレイスの関与はあいまいなまま、その後30年間に渡って服役。

公判中に何度も供述を変え、当時の記憶は曖昧であるとするグレイスの精神に興味を持った若き精神科医サイモンは、既に服役生活も15年を超えていたグレイスのもとに通いつめ、彼女の記憶と精神状態の調査を開始します。グレイスは実際に罪を犯していたのか、それとも病んでいるのか・・。

というプロットなのですが、結論は出ません。若きフロイトを思わせるサイモン自身が、催眠療法にかかった際にグレイスが語った内容に衝撃を受けて、逃げ帰っちゃうのですから。ただし「またの名を」というタイトルを含めて、著者の考えは明らかであるように思えます。

それよりも、この事件の判決や解釈には19世紀という時代の女性観に基づく限界が反映されていたということを示したかったのでしょう。男性優位の社会において、女性は「弱い方の性であって男性に守られる者」であるか、「魔女的な妖婦であって誘惑者」という両極端のどちらかでしかなかったというのが、著者の視点であり、それは正しい指摘なのでしょう。

各章のタイトルは、キルトの図案の呼び名だそうです。女中仕事の描写を通じて、当時の社会や生活の様子が、細かな点まで浮かび上がってきます。思えば、この百数十年で大きく変わった生活様式こそが、女性に対する見方を変えた一番の理由なのかもしれません。

2008/9