「カソウスキ」なんてロシア人の名前のようですが、「仮想好き」のこと。本社でのゴタゴタから郊外の倉庫に飛ばされてしまった主人公女性のイリエが、あまりにも乾燥した情けない毎日を紛らわすために、冴えない倉庫番の同僚である森川のことを好きだと仮定。彼の健康診断書やちょっとした会話などを、会社の経費で買った「兵馬俑のノート」に記録していくのです。
津村さんは、律儀な方のようですね。併録されている「花婿のハムラビ法典」のハルオは、恋人サトミから受けた不義理を数値化して手帳にスコアリングしていますし、「Everyday I Write A Book」の野枝は、毎日の肌質の変化を携帯電話のメモ帳に入力してるのですから。(笑)。
律儀で小心者で善良なごくごく普通の主人公たちは、現実世界の不満に対してキレルことなく、上手に折り合いをつけていかなければならないのです。「記録すること」はそのための手段であり、津村さんが描きたいのは、傍から見るといじましいような工夫をこらしながら毎日を生きていく、普通の人の内面で起こっている、ささやかなドラマなのでしょう。そしてそれが、立派なユーモア小説となっているのです。
「カソウスキ」の関係が発展するのかどうか、「不義理のスコアリング」が2人の間をどう変化させてしまうのか、そのあたりの物語性は、本書の直接の主題ではないように思えます。
2008/8