りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ナイフ投げ師(スティーヴン・ミルハウザー)

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自動人形、遊園地、気球飛行、百貨店・・。どれをとっても不思議な違和感が漂う12編の短編。身の回りの普通の「もの」が過剰に完璧になると「芸術」になるのです。普通の「ひと」を過剰に描写すると「文学」になるように。「ミルハウザーの世界」へようこそ。

「ナイフ投げ師」
超絶技巧のナイフ投げ師ヘンシュの公演。身体を掠めて飛ぶナイフの標的になる歓喜。しかしその行き着くところは、彼のナイフに刺されることなのでしょうか。「血のしるし」をいただくための危険な雰囲気が観客に重くのしかかってきます。

「夜の姉妹団」
ティーン・エイジャーの少女たちが人目を忍んで深夜に開く集会。それは魔術的儀式なのか。性的狂乱の舞台なのか。内部告発と噂だけでは、何も明らかにならないのですが、それがまた不気味です。

「空飛ぶ絨毯」
一時は子どもたちの間で大流行した空飛ぶ絨毯でしたが、青空の中に吸い込まれて戻って来れなくなりそうだった経験をしてから興味が薄れてしまいました。今では倉庫で埃をかぶっています。ほとんど自転車扱いですね。

「新自動人形劇場」
恐るべき精密さを誇る自動人形を製作する名匠たち。歴史を変えた名匠ハインリッヒが12年の活動停止の後に復活して開いた劇場は、最初は稚拙に思われました。しかし彼の人形は人間を真似るのではなく、まるで自動人形としての心を持っているかのように動いていたのです。

「協会の夢」
協会に買収されて新装開店した百貨店は、文字通り全てを売る店。毎日新しい変化が起きており、詳細を見極めることなどできません。これはまるで「生きた芸術作品」のよう。


「気球飛行、一八七〇年」
プロイセンに包囲されたパリを気球で抜け出し、地方軍に援軍を依頼に行く使命を帯びた主人公。しかし、ひたすら青い世界を漂っているうちに、空に浮かぶこと自体が目的のように感じられてきます。

「パラダイス・パーク」
1912年にコニーアイランドに開園した伝説の遊園地は、過剰な施設や出し物によって人気を集めますが、やがて遊園地の垣根を越えていきます。地下層に拡大していくにつれて、客の求める非日常の背徳の魅力は増していきますが、ついには遊園地と客の垣根すら取り払われるかのようになっていくのです。そして1924年の大火災が起こります。

「カスパー・ハウザーは語る」
17年間高い塔に閉じ込められて非人間的に育ったという実在の男。博士に救出されて教育を受け、言葉や常識を身に付けた男は、他の人々と同じ暮らしをするために自分という存在を消去したいと語りかけてきます。

「私たちの町の地下室の下」
至る所に地下の迷宮へと通じる出入り口を持つ街。地下道への入口は掘削と崩落によって常に変化しながら、町の至る所に点在しており、住民たちは今日も地下に降りていきます地下に何があるわけでもないのに、街の住民たちは地下から離れようとしないのです。

他には、久しぶりに再会した旧友の妻は蛙だったという「ある訪問」。人妻との何気ない不倫が招いた恐るべき結末に否応なく引き寄せられていく男が独白する「出口」。月夜の晩に男の子の格好をして庭で野球をする少女たちに魅かれる「月の光」が収録されています。

2013/11