りぼんの読書ノート

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狼たちの月(フリオ・リャマサーレス)

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スペイン内戦に敗れた後、1937年から1946年までの10年間をアストゥリアス地方の険しい山岳地帯に隠れて生き延びた敗残兵の物語ですが、本書を理解するために、内戦時代のスペインについての予備知識などを必要とするものではありません。この本に描かれているのは、極限状態に追い詰められた者の深い絶望なのですから。

山中に隠れ潜む主人公たちは、生まれ育った故郷がすぐ目の前にあって家族や恋人が暮らしているのに、山から降りていくことができないのです。わずか数人となった敗残兵たちは、まるで「羊を襲う狼」であるかのように治安警備隊によって「狩られる」身であり、日中は洞窟などに身を潜めて夜陰に紛れて移動することしかできません。

アンヘルは、かつて父親が語った言葉を思い出します。「ほら、月が出ているだろう。あれは死者たちの太陽なんだよ」。月明かりのもとに生きることを余儀なくされた人間の生き方が、その言葉に凝縮されます。

ラミーロは、ある地方の原始的な「狼狩り」について語ります。大勢の人間が素手で狼を追い込んでいき、最後は断崖の奥にある深い穴に落として捕らえ、罵りの言葉を浴びせながら、あちこちの村を引き回してから殺されるという狼の運命は、彼ら自身の運命と重なります。

アンヘルは、人民戦線に加わった理由を語ります。「気高くてしつけのいい犬であっても、部屋に閉じこめて痛めつければ、犬は人間に刃向かい、噛みつくはずだ。場合によっては人をかみ殺すかもしれない」。賞金を懸けられ、ついに自分たちのことを通報しかけた一般人を殺してしまったアンヘルは、家族や民衆のために戦った自分たちには正義があると思っていたことが幻想であったと気づいて愕然とするのです。

詩的な表現で描写される山岳地方の厳しい自然が、極限状況を実感させてくれます。「内戦」という悲劇の本質は、激しい戦闘シーンだけではなく、「その後」にあったということを静かに気づかせてくれる一冊でした。この著者を紹介してくれたbeabeaさんに感謝です。^^

2008/8