りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ジーン・ワルツ(海堂尊)

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「クール・ウィッチ」と呼ばれる産婦人科医・理恵が、現代の産婦人科医療の問題に鋭くメスを入れていきます。

産婦人科医師の不足問題が深刻になっていることは、昨今のニュースを見るだけで一目瞭然。昼夜を問わぬ分娩に立会う過酷な労働条件に加えて、高い訴訟率、少ない診療報酬とくれば、将来を担う医学生産婦人科離れはもちろん、現業の産科医院だって廃業したくなるでしょう。

これに追い討ちをかけたのが、4年前から開始された新医師臨床研修制度。研修医に臨床経験を積ませるという趣旨は美しいのですが、研修医の大学離れを招いた結果、大学医局の地方からの医師引き上げや派遣の中断が相次ぎ、その目的とは逆に、地方の医療を崩壊させつつある・・というのが実情のようです。もちろん、希望者の少ない産婦人科では一層深刻な事態となっていることは、容易に想像がつきます。

不妊治療と代理母の問題もあります。止まらない少子高齢化傾向が国家の基礎を危うくしているときに、議論ばかりが続いている。医療関係の諮問委員会は、「アンケートをして、アンケートをして、アンケートをしている」と言われるようなものらしいですし・・。この構造は、外国人労働者受け入れ問題と同じですね。

どうして、こんな機能不全状態に陥ってしまったのでしょう。それは、この国の指導者や官僚が(もちろん国民もです)、それぞれ相反する事象に関しての価値判断ができない構造になってしまっているから・・と思えて仕方ありません。少子化問題と伝統的倫理の間の矛盾。研修医の大学での奴隷労働と地方医療の実態の間の矛盾。既得権でがんじがらめになっている保険診療点数を見直せない問題。

長い間、相反する利害の調整だけを仕事にしてきた人たちでは解決できないレベルにまで問題が重大になり複雑になってしまった感があります。このあたり、独裁者を待ち望む機運が高まっているとの世相と呼応しているんでしょうか。

本書の理恵は、厚労省と東○大医局の権威に対して、真っ向から対決します。産科クリニックに通う5人の妊婦のエピソードを絡めて、産科医療問題の所在を説明しながら、自分の身体まで使って大胆な挑戦を行なってしまう彼女の姿勢には、思わず拍手をおくりたくなってしまうほど。

これだけの問題を、よく小説に織り込んでくれました。本書の価値は、チーム・バチスタの栄光を超えたところにあるように思えます。

2008/7