主人公の栗原一止（イチト）は、信州にある「２４時間、３６５日対応」の本庄病院で働く２９歳の内科医。常に医師不足の病院で、睡眠時間を削って専門外分野の救急診療にも対応している状況。写真家の妻ハル、経験豊富な看護師たち、変人ながら優秀な外科医の友人・砂山らに支えられて、何とか毎日をすごしています。
そんなイチに対して、母校の信濃大学医局から誘いの声がかかります。大学に戻ればもっと時間に余裕ができて、最先端の医療を学ぶこともできるのですが、彼は迷うのです。医者にはもっと大切なこともあるのではないか。大学病院から見放された、死を前にした患者たちと精一杯向き合う医者がいても良いのではないかと。果たして彼の決断を後押ししてくれたのは、死を目前に控えた高齢の癌患者からの思いがけない贈り物だったのです。
「この病院では、奇蹟が起きる」というコピーにもかかわらず、本書では医療上の奇跡は起こりません。ここで言う奇跡とは、心の在り方の問題なのです。だから終末医療問題も、安下宿での人間関係も、擦れ違いばかりの妻との関係も、同じトーンで描かれていることに違和感が起きないのでしょう。『草枕』を愛読しているという主人公が語る、漱石作品の登場人物のような一人称の口調が妙に似合っている作品でした。
2018/12
