りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2008/5 贖罪(イアン・マキューアン)

5月のベストはなんといっても『贖罪』です。おそらく年間ベストでも候補になるはず。現代文学の可能性と限界を、古典的な19世紀の英国文学の枠組みに注ぎ込んだかのようなスタイルは圧巻です。本書のテーマが「作家としての贖罪」であることに気づかされた読者は、小説の創作にともなう喜びや痛みや危うさにも触れたことになるはず。

イサベル・アジェンデの2冊は、どちらかというと大衆文学作家へと変身したあとの作品で、初期の作品に見られるマジック・リアリズムの煌びやかさはそれほど感じられませんでした。むしろその伝統は、インド出身のキラン・デサイなど、非南米の第三世界の作家に継承されているようにも思えます。

『竜馬がゆく』を次点にしたのは再読だから。

1.贖罪 (イアン・マキューアン)
姉セシーリアと恋人ロビーの罪のない諍いを誤解した少女ブライオニーの偽証が、その後の3人の運命を変えてしまいます。一兵卒としてダンケルクを敗走するロビーと、家族との絆を絶ってロビーの帰還を待つセシーリアと、看護婦となって贖罪をこいねがうブライオニー。3人の真摯な痛みに触れた読者は、3人の幸福と贖罪の成就を祈らざるをえないでしょう。しかし、本書の真のテーマは「少女の贖罪」にとどまらず「作家の贖罪」だったのです。

2.喪失の響き (キラン・デサイ)
インド、ネパール、チベットブータンなどに囲まれた、多民族・多宗教地帯で起きたゴルカ国民解放戦線による独立運動を背景にして綴られる「混沌とした世界」。ここにも、ニューヨークにも、イギリスにもある「間違い探し」のような不思議な世界は、西洋文明に触れて屈折した喪失感を抱いた人々が、伝統的な世界に適合できないなにかを抱え込んでしまったせいでしょうか。でも、コミカルな語り口が希望を見せてくれます。

3.1/4のオレンジ5切れ (ジョアン・ハリス)
不思議な香りを振りかけて「生の喜び」を歌い上げていた『ショコラ』とは違う雰囲気です。ドイツ占領下のフランスで、意固地で勝気な9歳の少女が抱えた秘密が悲劇を起こします。数十年後、65歳になってようやく、母の雑記長と自らの記憶をたどりながら「事件の真相」を明らかにできた当時の少女は、故郷での新しい一歩を踏み出すことができるのでした・・。



2008/5