りぼんの読書ノート

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思い出すこと(ジュンパ・ラヒリ)

コルカタ出身の両親のもとでロンドンで生まれ、アメリカで育って英語で小説を書いていた著者が、ローマに移住してイタリア語で作品を書き始めた時には驚きました。エッセイ『べつの言葉で』と長編小説『わたしのいるところ』に続く3作目のイタリア語作品である本書は、なんと詩集です。

 

本書は、ラヒリが暮らすローマの家の書き物机から発見された「ネリーナ」という詩集を紹介するという体裁で構成されています。しかしネリーナという架空の女性の経歴は、素性、言語、家族、旅行体験に至るまでラヒリと酷似しており、この詩集にはラヒリの自伝的要素がぎっしりと詰まっているようです。つまりラヒリは本書の中で、本名による序文執筆、ネリーナ名での詩作、さらにはイタリア詩研究家というマッジョ博士による評論と注釈という3役をこなしているわけです。マッジョ博士による「イタリア語を母語としない人と思われる語彙の誤り」などの指摘は、著者の遊び心なのでしょう。

 

さて肝心の詩作には、夫と2人の子どもとのローマでの暮らし、コルカタでの幼い日の記憶、遠く離れた両親への思い、イタリア語への愛着、日々の暮らしの中で大切に思うものなどが綴られています。過去の宿命を断ち切って、未来へと手を伸ばしながら、自分自身についての認識を新たにしていくような内容は、もちろんラヒリの本音なのでしょう。翻訳書の宿命として、イタリア語のニュアンスや正誤は理解できないのですが、著者の鋭い感覚のひらめきは、あちこちで感じられます。

 

2024/3