りぼんの読書ノート

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ヴァイゼル・ダヴィデク(パヴェウ・ヒュレ)

1957年にグダニスクに生まれた著者は、30年前に同じ街で生まれたギュンター・グラスの直系にあたります。『ブリキの太鼓』を思わせる郵便局や馬や魚というモチーフが登場する本書は、グラスの作品との類似も指摘されているようですが、著者によれば「真似したのではなく、続けたのだ」とのこと。自伝的な要素を含みながらも過去や故郷の理想化を排除している本書は、むしろ同年代のノーベル賞作家であるオルガ・トカルチュクとの近似性を感じさせるように思えます。

 

旱魃が続き、海が魚の死骸で埋め尽くされた1967年の夏。そんな異常な季節に現れて、夏の終わりとともに消え去ったヴァイゼルというユダヤ人の少年は、何者だったのでしょう。優れたリーダーシップを発揮し、奇跡としか思えない技を見せつけ、どこからか大戦時に放棄された錆びたヘルメットや銃を発掘してきたヴァイゼルは、瞬く間に少年たちのリーダーになりました。しかし彼は、不発弾の爆発とともに姿を消してしまったのです。当時10歳の少年であった語り手は、事件直後の尋問で捏造された「結論」と、20年後に回想した「推論」を交互に綴っていきます。しかし彼が「真相」にたどり着くことはないのでしょう。語り手自身が、あまりにも多くの語られなかった物語があることに気付いているのですから。

 

グダニスクに残って作家となった語り手は別として、他の仲間たちが20年間にたどった運命には、本書が書かれた1987年当時のポーランドの社会状況が反映されていることを、付記しておきましょう。好奇心旺盛だったピョートルは数年後の連帯デモを眺めに通りに出て、流れ弾に当たって命を落としました。賢かったシメクは全く別の町で働いているようです。そしてヴァイゼルと最も親しかった早熟な少女エルカは、ドイツに移住して掃除婦として働いた後にドイツ人男性の後妻となっていました。本書の物語世界は完結しているわけですが、生き残った者たちが現在に至るその後の四半世紀の間にどのような運命をたどったのかも、妙に気になってしまいます。

 

2023/7