りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ホール(ピョン・ヘヨン)

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先に読んだ短編集『モンスーン』では現代韓国におけるカフカ的な不条理を感じましたが、著者の4冊目の長編であるという本書にも同じ匂いが感じられます。そもそも「交通事故で全身不随となった主人公」という設定が、カフカの『変身』を思わるのです。

 

いきなり病院でめざめたオギが動かせるのは、まぶただけ。自動車に同乗していた妻は死亡しており、彼の世話は唯一の身内である亡き妻の母に委ねられます。オギの脳裏に渦巻くのは、混乱、絶望、諦め、不安、恐怖というネガティブな感情ばかり。時間だけを持て余しているオギは、大学で地図学を教えていた過去や、亡き妻との結婚生活を振り返るのですが、それは事故に至る奇跡を明らかにしていきます。

 

次第に読者に知らされる真実は、オギの転落が一瞬にして起こったものではなく、彼の嘘や欺瞞が彼の内部に「空洞」を作り上げていたということ。その過程は亡き妻の日記にも記されていたはずであり、もし義母がそれを読んでいたら、オギに対して好印象を持つはずもないということ。もちろん身動きできず、コミュニケションもままならないオギは、義母の真意などわかりようもありません。全生活を委ねざるを得ない人物への信頼が揺らぐのも辛く厳しい状況ですが、オギは破滅への道を歩んでいるのでしょうか。

 

教訓。ふとしたきっかけで生まれかねない「心の中の空洞」が、「現実の穴」とならないよう、みつけたらすぐに塞がなければなりません。そういえばビートルズにも「Fixing A Hole」という意味深な曲がありました。

 

2021/12