りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

アンニョン、エレナ(キム・インスク)

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福岡を拠点に様々な出版活動を行っている書肆侃侃房による「韓国女性文学シリーズ」の第1弾として刊行された作品です。もともとは「Woman's Bestシリーズ」の第4弾だったのですが、本書の存在感がシリーズのあり方を変えてしまったようです。「韓国女性文学シリーズ」は現在10巻まで出版されています。本書は、凄まじいとしか言いようのない高水準の作品が揃った短編集です。

 

「アンニョン、エレナ」

遠洋漁船に乗っていた父は、世界各地の港の女に娘を産ませエレナという名前をつけたと語っていました。晩年は妻も仕事も気力も失った父が世を去った後で娘は、海外を旅するという友人に自分の姉妹を探してくれるように頼みます。もちろん父が生きた証が、ダメ娘の自分以外にいるなどと期待などできないのですが。

 

「息-悪夢」

兵役をはじめとしてありとあらゆる社会的責任を回避してきた父親と、精神状態が不安定な母の間に生み落とされた息子には、親から殺されそうになったという記憶がありました。絶望のあまりに生まれたばかりの息子を殺害しようとしたのは、父だったのでしょうか。母だったのでしょうか。

 

「ある晴れやかな日の午後に」

生まれつき闘争心や欲望が欠けている双子の兄と年の離れた妹に間で、気丈に生きていこうとした女性は、結局のところ何を得たのでしょうか。端午の節句のような美しい日に生まれた子は、困難に充ちた人生を送るそうなのですが。

 

「チョ・ドンオク、パビアンヌ」

父と娘を捨ててブラジルに渡った母の死を知らせる手紙が来たのは16年後、既に父も父が再婚した義母も亡くなったあとのことでした。墓誌解読家となっていた娘は、実母がブラジルでパビアンヌと改名していたことを知り、歴史上何度もあらわれる母と娘の悲しい物語に思いを馳せるのです。

 

「その日」

李氏朝鮮末期の総理であった李完用は、日韓併合を推進したが故に国賊と貶められて刺客に襲われました。その日、彼は何を思っていたのでしょう。

 

「めまい」

妻と娘を外国に送り出した中年パイロットは、上下感覚すら失われる暗い洞窟に心惹かれてしまいます。かつて空間識失調によって事故死したパイロットたちも、同じようなめまい感覚の犠牲になったのでしょうか。

 

「山の向こうの南村には」

ほとんど家に寄り付かなかった夫を激しく憎みながら12人の子供たちを育てた老婆の心は、空洞になってしまったのでしょうか。しかし子を失った末娘の苦しみはわかるのです。そして末娘の心もいずれ空洞になってしまうであろうこともわかってしまうのです。

 

2022/2