りぼんの読書ノート

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スキマワラシ(恩田陸)

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「常野物語シリーズ」をはじめとして、この著者のファンタジー系作品は妙に収まりが悪いのですが、それも魅力なのでしょう。『上と中』のように結末までしっかり書き切った作品は、むしろそれほど面白くないのです。

 

物に触れると過去が見えるという不思議な能力を持つ散多が、一番反応してしまうものがタイルでした。亡き両親の面影を映すタイルを追って、骨董商を営む兄を手伝いながら、取り壊し中の建物を訪ね歩く日々をおくっています。それと並行して兄弟の周辺にはある噂が流れ始めます。解体現場や廃墟に白いワンピースを着て全力疾走する少女の幽霊が現れるというのです。その少女とも遭遇した散多は、彼女をスキマワラシと名付けました。

 

タイルに潜む記憶と廃墟に出没する幽霊を軸にして物語は進んでいきます。その過程で、町の風景が変わりつつあることや、古いものはただ壊されるだけではなく転用されることで物語が受け継がれていくことを実感する散多。そしてついに少女の幽霊が探していた「ハナコ」なる女性と出会うのですが、実在のハナコは母の親友の娘だったのです。

 

妙にノスタルジックな気分だけ残して、謎は謎のまま終わります。スキマワラシの正体も、現実のハナコこと覇南子がなぜ少女たちから探し求められていたのかも、パラドックス的な散多の名前の由来も、実家で飼われていた不思議な犬ジローの謎も解かれることはありませんそれでも本書からはっきりと感じ取れることがあるのです。それは消えゆく過去への郷愁と未来への期待であり、現在とは過去と未来が交差する「スキマ」なのであり、その瞬間こそを大切に生きなくてはいけないこと。スキマワラシとは、今この瞬間にも私たちの脳内に生まれ続けている存在なのかもしれないのです。

 

2021/9