りぼんの読書ノート

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トリエステの坂道(須賀敦子)

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ミラノ霧の風景』で紹介されていた詩人、ウンベルト・サバをはじめとして、多くの文学者の記憶を秘めた街・トリエステをひとりさまよい歩く表題作にはじまるこのエッセイ集は、亡き夫の家族や親族との出会いや別れを振り返る「ある家族の肖像」となっています。

須賀さんは、ミラノ滞在中に知り合った、カトリック左派によるコルシア書店のベッピーノさんと結婚しますが、夫は7年後に病死してしまいます。夫の一族はいわゆる無産階級で、亡夫のベッピーノさんを除けば、高等教育も受けていない人々ばかり。良家の子女であった須賀さんとは対照的なのですが、彼女にとって、亡夫の家族も大事な家族であり、彼女もその一員として受け入れられていたことが、本書の各章から伝わってきます。

小さな菜園を後生大事にしていた義母のことも、高校を中退したダメ息子だった義弟のことも、年の離れた義弟の妻のことも、ミラノの街の近所に住んでいたちょっと変わった隣人たちのことも、そして狭くて貧しかった家のことも、愛情たっぷりに語られるのです。

イタリアの女性作家である、ナタリア・ギンズブルグさんとの出会いに触れた箇所があり、以前、彼女の自伝的小説『ある家族の会話』を須賀さんの名訳で読んだことを思い出しました。

表題作の舞台となったトリエステは、1919年のハプスブルグ領解体の時にイタリア領となったのですが、イタリア統一を望んでいた住民の思いと裏腹に、それまでの「オーストリアの海港」との役割がなくなった結果、寂れていってしまったそうです。本書のテーマとは直接関係ないけど、皮肉なものですね。

2007/11