りぼんの読書ノート

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ミラノ 霧の風景(須賀敦子)

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「いまは霧の向こうに行ってしまった友人たちに、この本を捧げる」と後書きにあるように、短かった結婚生活を挟んで、20代から40代までの13年間をすごした、ミラノを中心としたイタリアの知人たちとの思い出を綴った本です。

夫の親しい友人で古典学者であったローザ。イタリア文学の授業の教授だったプロシェッティ先生。日本文学のイタリア語訳を出版してくれた編集者のセルジョ。コルシア書店で夫の同僚だった知的で精力的なガッティ。はじめてイタリアを訪れた時にジェノワで出迎えてくれたマリア。ミラノから小旅行に連れ出してくれた、アントニオ・・。彼らのそれぞれの人生が、須賀さんの人生と交差していき、須賀さんに綴られることによって、深みを増していくようです。

たとえば、マリア・ボットーニ。彼女が紹介してくれた匿名の出版物が、実は、後に須賀さんの夫となる人が書いたものだったことが、結婚後に判明したこと。ユダヤ系であった彼女が戦時中パルチザンの闘士を家に泊めたため、収容所に送られてしまったこと。後に、80歳を超えたマリアが日本を訪れ、再開を果たせたことなどが、淡々と綴られます。

須賀さんと友人たちとの思い出は、さまざまなもので彩られています。ペルージャの花の香り、ベネチアの岸辺の石に舟の舳先がこすれる音、エニシダの金色の花束、夜更けの操車場で動き始める電車の音、そして、ミラノに深く立ち込める霧。昭和29年という時代に、貨客船で渡欧した須賀さんが、ヨーロッパの社会とどう向かい合って、どう生きてきたのか、その時代の欧州の厳しさと暖かさを垣間見たような気分にさせてくれる一冊でした。

2008/11