『ヒストリー・オブ・ラヴ』の著者の、デビュー小説です。あちらは、悲しい愛の歴史を記憶に刻み込んだ老人の物語でしたが、こちらは逆に、2/3の記憶を失った男性の物語。人は、愛の記憶なくして、誰かを愛することができるのでしょうか。
英文学の教授である36歳のサムソンは、脳腫瘍の削除手術の結果、12歳までの記憶を残してそれ以降の過去24年間の記憶を全て失ってしまうのです。自分の職業も知人も、愛していた妻アンナと築いてきた関係も・・。彼が最後に覚えていたのは、まだ若く美しい母の姿だったのですが、その母も既に亡くなっていました。
サムソンは再びアンナと同居をはじめますが、見知らぬ女性をいきなり「妻」と言われても、しっくりするはずもありません。苦し紛れに、ある脳科学者からもちかけられた「実験」のオファーを受けるのですが、それも彼をより苦しめることになっていきます。
ここでは、記憶を失うということが、自らの拠って立つ基盤を失うこととされ、それまで培ってきた愛情すらも消えてなくなる可能性が描かれているわけですが、本当に記憶を失ったら、人格そのものまで失ってしまいそうな気もします。
デビュー作で「記憶」にこだわった作者は、次の『ヒストリー・オブ・ラヴ』で、60年以上も同じ女性を愛した老人を描いてスマッシュヒットを飛ばすことになります。テーマは繋がっていますね。
2007/10