りぼんの読書ノート

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ヒア・アイ・アム(ジョナサン・サフラン・フォア)

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緊急事態宣言で図書館が長期閉館されてしまう間にじっくり読もうと、851ページもあり、重さも1.2kgを超える大著を借りてきたのですが、まさかこれを1日半で読み切ってしまうとは思いませんでした。『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の著者が11年ぶりに上梓した本書は、それほど魅力的だったのです。 

 

ワシントンDCに暮らすユダヤアメリカ人のブロック一家の人々は、それぞれに問題を抱えていました。テレビドラマの脚本家であるジェイコブと建築家の妻ジュリアは、夫の秘密の携帯電話の発見を機に離婚を考え始めたところ。長男サムは13歳で迎えるユダヤ教の成人式バル・ミツヴァーを前に学校で問題を起こし、次男マックスは9歳にして存在に悩み、幼い末っ子のマックスは死の概念に取り憑かれてしまいました。ジェイコブの父アーヴは嫌アラブのヘイト記事をブログに書き散らし、祖父アイザックは老人ホームに入るか自殺すべきかを思案中。さらに愛犬アーガスは老衰で安楽死させられようとしていたのです。 

 

誰もが悩んでいる中で、イスラエルで巨大な地震が発生。イスラエルの国家機能が麻痺したことで、中東は一触即発の状況へと陥っていきます。そして周辺諸国からの宣戦布告を受けたイスラエルの首相は、全世界のユダヤ人に「帰りなさい」と訴えかけるのです。模範的なユダヤ教徒でも、熱烈なシオニストでもなかったジェイコブでしたが、家庭の問題から逃れるようにイスラエルに向おうとするのですが・・。 

 

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』関係にある家族内では、さまざまな問題が起こります。家族に対する愛情が、恥や諦めや怖れや恨みに変わっていってしまうのは、何がきっかけなのでしょうか。お互いを守るための行為が、互いに傷つけあう結果を招くのは何故なのでしょうか。そして家族の問題は、民族の問題と似通ってしまうようです。 

 

本書のタイトルは、『創世記』に登場するアブラハムが息子イサクを犠牲にするよう神から求められた際に、「私はここにいます」と答えた話に基づいています。異教徒には理解が難しいエピソードですが、著者は本書で家族と民族の双方に向き合おうとしているのでしょう。さらにラスト近くに登場する「グレートフィルター」という概念も関わっているように思えます。「自殺する能力を持ちながら自殺しない」でいるためのフィルターとは、内面を表現すること、すなわち作家においては書くことなのでしょう。「誰もが聞き取ろうとしているのに誰も適切に送信していない」状態が良いはずありません。 

 

「本書には自伝的要素は含まれていない」そうですが、やはり著者の略歴と重なる点は多いですね。本書を発表する直前に著者は、『2/3の不在』や『ヒストリー・オブ・ラヴ』を著わしたニコール・クラウスと離婚していますし。 

 

2020/6