りぼんの読書ノート

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楽園への道(マリオ・バルガス=リョサ)

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著者の故郷ペルーには、目隠しされた鬼が「ここは楽園ですか」と聞きながら正しい場所に戻っていくという遊びがあるそうです。本書は、決してたどり着くことのないユートピアを求めて彷徨した、2人の男女の物語。ひとりは19世紀の女性解放運動家フローラ・トリスタンであり、もうひとりは彼女の孫であるポール・ゴーギャン 

 

実は2人ともペルーと関わっているのです。フローラはフランス人女性とペルー人男性の間にパリで生まれ、幼いころに父を亡くしたことで下層の生活を送った後に不幸な結婚をします。DV夫のもとから逃亡しますが、当時はこれは犯罪でした。裕福なの夫の実家からの相続を求めてペルーまで行ったものの認められず、女性解放運動家となってフランスに帰国。まだマルクスエンゲルス以前の空想的社会主義者たちを教化すべく、フランス各地を巡ってアジテーター活動を行いますが、旅先のボルドーで1844年に41歳の若さで病死。本書では、ディジョン、リヨン、アビニョンマルセイユボルドーらの諸都市を巡っての最後の戦いが描かれます。 

 

一方で、祖母の死の4年後に生まれたゴーギャンは、父親を失った後で母方の実家があったペルーで幼少期を過ごしていました。フランスに戻って母親の富裕な交際相手の口利きで証券会社に勤めたものの不況で職を失い、趣味として始めていた絵画を本業をしたものの現実は厳しく、彼の才能は後年訪れたマルティーニクやタヒチで開花することになります。本書のゴーギャンは、ポリネシアで奔放な性生活を送りながら神秘的な啓示を得て名作を描き得たものの、最後は貧困の中で病に倒れました。 

 

奇数章で綴られるフローラと、偶数章で綴られるゴーギャンの遍歴は最後まで交わることはありません。しかし著者は、本書の語り手が交互に両者に呼びかける中で、両者の思想の底流にはペルーでの原体験があったことを浮かび上がらせています。そして女性解放運動の先駆者であったフローラと、芸術の脱西洋化を果たしたゴーギャンは、「楽園への扉」まではたどり着いた存在として描かれます。たとえそこで力尽きて倒れてしまったとしても。「自分にとっての楽園」とは何なのかを問われる作品です。 

 

2020/6