りぼんの読書ノート

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私が語りはじめた彼は(三浦しをん)

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「私は、彼の何を知っているというのか?」。ダブル不倫の末に、妻子を捨てて再婚した大学教授と接点を持った者たちが次々と登場して、自分の人生を語っていきます。それぞれの物語に登場するのは、教授本人ではありません。教授と繋がる誰かが、教授と繋がる別の誰かを語ることによって、教授の人生は、浮き彫りにされるのでしょうか。

教授の教え子が語る、教授に捨てられた妻の諦念。教授と浮気した妻を持つ夫が語る、いずれ教授に去られる妻の様子。教授の息子が語る、父に去られた喪失感と父の再婚家庭。教授と再婚した女性の連れ子が語る、母の独占欲。教授の娘が語る、義理の妹の死。そして再び教授の教え子が語る、教授の葬儀。

私の感想を言うと、この試みは成功していないようです。浮き彫りにされたのは、むしろ教授を奪って再婚した女性の独占欲の強さのような気がします。その女性の独占欲を、そこまで燃え上がらせたはずの教授の姿はまだまだ闇の中にあって、よく見えては来ないのです。

でも、それが狙いなのかもしれません。作者はこんな詩からの連想で、この小説を書いたそうですから。「この男 つまり私が語りはじめた彼は 若年にして父を殺した その秋 母は美しく発狂した」

2007/9