りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

魔法(クリストファー・プリースト)

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双生児が良かったので、奇術師を再読して、さらに本書に行き着きました。結論からいうと、3冊の中でこれがベスト!

『双生児』では双子がたどった歴史のズレ、『奇術師』では瞬間異動に隠された秘密と、テーマそのものは、はじめから明らかにされています。ところが本書では、何がズレているのか、物語の半分まで到達しないとわからないのです。

訳者の古沢さんが後書きで、「本書を読む際の正しい態度は、いっさいの予断を抱かずに作者の『語り=騙り』に身を任せること」と書いています。まさにその通り。私は、229ページのスーのセリフで、ページをめくる手が凍り付いてしまい、何度もその2行を読み返してしまいました。

だからこのレビューを読んでから本書を読む人のことを思うと、ここでは何も書かないでおきたいのですが、備忘録という性質上、私の解釈まで書いてしまいます。本書を読もうとしている方は、この下は読み飛ばしてください。


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爆弾テロに巻き込まれ、事故直前の記憶を失ったカメラマンのグレイのもとに、かつての恋人を名乗るスーザンが訪ねてきます。やがてグレイが取り戻した記憶は、フランスで出会ったスーザンとの恋と、彼女につきまとって離れない不実な恋人ナイオールとのうとましい三角関係。しかもスーザンは、ナイオールのことを「魅力的(glamorous)」とさえ言うのです。

ところがスーザンの語る過去は全く異なっています。ナイオールには「魔力がある(glamorous)」と言うのです。しかもスーザンにも魔力があり、彼らは「不可視」の存在になれると言うのです。

物語は、単なるラブストーリーから、一気に不思議な世界に入り込みます。「魔力」と、その使い手ナイオールの正体は、最後まではっきりとは明かされないのですが、どうやら「物語の持つフィクション性」と「物語の登場人物」との関係まで遡ると、答えがわかってきそうです。「忘れることは見られないことの別の形である」との一言で、魔力から解放されることになるグレイの存在そのものまでを、疑ってみてください。

2007/7/ フランクフルトへの機内にて