りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

伝授者(クリストファー・プリースト)

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後に『魔法』、『奇術師』、『双生児』などの作品で独特の世界を築きあげた著者の処女長編ですが、本書においても途中までは先の見えない展開で、読者を迷路に入り込ませてしまいます。

南極大陸の氷の下にある集中研究所でウェンティック博士が行っていた機密研究は、「刺激→反復→教化→習慣」というパブロフの実験過程を短縮させる効果を持つ薬物の開発を目指すものでした。博士は、スターリン体制でパブロフの実験が悪用されたことを知っています。彼もまた、この研究成果が悪用される可能性を危惧しながら研究に取り組んでいたのですが、そのことが重要な伏線となっていきます。

しかし博士は、研究が完成しようとする寸前で、政府関係者と称する2人の男に解任されてしまいます。理由も知らされないままブラジルに連れて来られた博士でしたが、目的地の草原にたどりついて後ろを振り返ると、今までそこにあったジャングルは消え去っているという謎めいた展開。しかも2人の男たちにはどこか異常な雰囲気が漂っています。さらに博士は、手の生えた机や耳のある壁のある迷宮のような施設に放り込まれ、男たちへの服従を強いられるのですが、この物語はどこにたどりつくのでしょう。

実は男たちは200年後の未来からの訪問者であり、博士を連れてきた目的は、案の定悪用されて未来に禍根を残すことになった薬物を博士自らの手で除去させるということが明らかになってくるのですが、その過程で恐るべき混乱が起きていたのでした。そもそも博士が研究していた薬物は完成していなかったのです。しかも博士が後に残してきた世界は、核戦争によって崩壊寸前であったと知らされるのですが・・。

前半は素晴らしい「カフカ的ワールド」ですが、後半の謎解きは説明過剰で、しかも少々無理を感じます。
それでも本書が投げかけた問題提起は、SF的でもあり、文学的であるのです。200年前の戦争で用いられたガス兵器に、博士は責任があったのか。200年前の核戦争の最中に戻された博士は、どう行動するのか・・。後の「大家」の処女作としてふさわしい作品でしょう。

2012/8