『ビッグフィッシュ』の著者による、「変幻自在な物語」です。
1954年のアメリカ南部。いかにも裏ぶれた、ドサ回りをしているサーカス団から姿を消した黒人魔術師ヘンリー・ウォーカーの人生について、団員たちが語りはじめます。そこでのヘンリーは、手品を失敗して道化のような笑いをとる冴えない奇術師にすぎなかったのですが、団員たちが語る(すなわちヘンリーが彼らに語った)、ヘンリーの過去の姿は、「奇跡の大魔術師」として巨大に膨れ上がっていきます。
大恐慌で零落した父親。ホテルで出会った不思議な魔術師との悪魔的な取り引き。消え去った妹ハンナ、興行師のトム・ヘイリー、白人から黒人に姿を変える錠剤、戦場で起こした奇跡、もうひとりの興行師カステンバウムと、生気のない助手のマリアンヌ、トリック不要の大マジック・・。
語り手によって話の内容が微妙にズレていくのですが、この著者のことですからどうせトール・テイル(法螺話)だろうと身構えていても、なかなか着地点が見えてこないんです。奇想天外なレベルにまで膨れ上がった話は、終盤に語られる私立探偵の調査と、生きていた妹ハンナの登場によって、一気に現実的な物語に戻ってしまいそうになるのですが、それで終わってはくれません。
キーワードは、南部の不良青年とヘンリーとの会話にあるようです。「ほんとはやってないことをやったとずっと思っていた」「ほとんどすべてのことがそうさ」。人が「積極的に騙されることを望む」のは、奇術を見るときだそうです。見事な奇術を見るつもりになって、騙される喜びを味わうことができる作品です。
2010/7