りぼんの読書ノート

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お腹召しませ(浅田次郎)

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出張前に読んだ本です。最近の著者の「現代のお涙頂戴物語」には少々辟易してしまうのですが、江戸末期が舞台であれば、臭みは消えてうまさが光ります。『五郎次殿御始末』や『憑神』や『壬生義士伝』などと、同じ系統の作品といって良いでしょう。

藩の公金を横領して吉原の女郎と逐電した、入婿の不始末をうまく収めてお家を守るために、上司がほのめかした案は、当主・又兵衛の切腹。お家大事の妻からも娘からも「お腹召しませ」とせっつかれた又兵衛の悲哀を描いた表題作が、まず、いいですね。

仕官のために捨てた初恋の相手が女郎に身を落として死の床についても、見舞いにもいけない武士の悲哀を描いた「大手三之御門御与力様失踪事件之顛末」や、老中に賄賂を贈る不思議な儀式の練習をさせられる大名のとまどいを描いた「安藝守様御難事」では、あまりにも表面的で形式的な武士の堅苦しさを笑い飛ばしてくれました。

そんな形式主義を逆手にとって人情的な解決をはかる「女敵討」は味があって好きな作品ですが、こういう武士たちを絶望させてしまうと、「御鷹狩」や「江戸残念考」のような悲喜劇が起こることになります。

明治維新を生き延びた先祖から祖父が聞いたという話を、著者が幼い頃にまた聞きしたという断片を、想像でつくろって出来上がったという体裁を取る本書ですが、歴史に残らない個人の思いこそ、残しておきたいものと思わされます。こういうエピソードこそが「物語」なのですね。

2007/7