りぼんの読書ノート

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夜愁(サラ・ウォーターズ)

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「そう。これが、あたしという人間の成れの果て・・」。若き名手、サラ・ウォーターズが贈る、めくるめく夜と戦争の物語は、主人公のひとりであるケイの、こんなつぶやきで幕を開けます。

ケイ、ヘレン、ジュリアの3人の女性の同性愛関係を中心に巡る物語は、戦後の1947年からはじまり、過去へと遡っていきます。かつては輝いていた関係が色あせてしまった1947年。登場人物たちの関係が大きな転機を迎えた1944年。そして登場人物たちがはじめて巡りあった1941年。

過去への遡行が、今につながる秘密や謎を暴くわけではありません。過去の記憶が、これからの彼女らの人生に新たな光を投げかけて、新たな展開を生み出してくれるわけでもありません。ドイツ軍の空襲にさらされていた戦時下のロンドンで、彼女たちがどう生きてきたのか、何を体験したのか、運命がどう交差したのか、どうすれ違ったのか、そういったことがじっくりと語られるのです。

彼女たちは、超人でも英雄でもありません。他人と異なる、数奇な体験をしたわけでもありません。ロンドンで空襲に怯えたり、救助活動を行ったり、当時であれば誰でも経験したあたりまえの生活をおくってきただけなのです。しかし、そんな彼女たちの想いが、サラに描かれて輝き出します。

普通の物語を読みなれた者は、単に過去へと遡っていくだけの展開に違和感を覚えてしまうでしょう。手法としては、型破りで大胆。でも実際の生活で知り合う人たちの過去を尋ねるということは、こういうことなのかもしれないと思えてきて、逆に「普通の物語」の展開に「あざとさ」を感じてしまうような、しっとりとした作品です。

2007/7